プロローグ

ごきげんよう
ごきげんよう
華やかに装った人々がさんざめきつつ挨拶を交わし、袖を触れ合わせて行き交っていく。
そびえ立つ柱、雲のかなたとも見まがう高さの天井に輝くのは無数のシャンデリア。
ざわめきの間をぬって、ときどき遠くからアナウンスの声が聞こえてくる。
「……午後6時10分発、イスカンダル行き急行列車にご乗車の方は、マゼラン星雲方面76番ホームへお急ぎください。20分発、イゼルローン経由、惑星ハイネセン行きは……」
ここは地球。メガロポリスの中心にあるKステーション。
大宇宙の遥かなる果てまでも張り巡らされた銀杏鉄道網の中心のひとつ。
毎日毎日、無数の列車が人々を乗せてここから旅立っていき、あるいは長い旅路を終えてここへたどり着く。

――ホォォーーッ……
そのとき、彼方から、高らかな汽笛の音が聞こえてきた。
行き交う人々がふと足を止めて、
「汽笛だ」
「汽笛ね」
「――999号ね」
「長い旅を終えて、ようやく帰ってきたんだわ」
銀杏超特急999号。
数ある銀杏鉄道の列車の中でももっとも長い、――200万光年彼方の山百合星雲までの旅路を、片道一年もかけて往復する列車。
その列車が長い旅を終えて、ようやく戻ってきたのだった。
――ホォォーーッ!
人々のざわめきをよそに、999号はもう一度高らかに汽笛を鳴らすと、専用の指定ホーム、99番ホームへと滑り込んでいく。
だんだんに速度が下がり、やがて悠然と999号は停車してドアが開いた。
開いたドアから降り立ったのは、たったひとり。
黒い帽子、黒いコートを身にまとい、緑なす長い黒髪を、ゆったりと後ろになびかせた一人の女性。
なぜか少しかげりを帯びた顔を、うつむけて。
女性はしばらくその場にたたずんでいた。
何かを待っているかのように。
「……」
――迎えはおろか、他には列車を降りる人間のひとりも見当たらない。
見た目の華やかさとはうらはらに、ものさびしい99番ホーム。
「……ええ、わかっています」
唐突にそうつぶやいた女性は、今度はしっかりと顔を上げた。
堂々とした足取りで。
カッカッとかすかにブーツの音を立てながら、エスカレーターの方へとゆっくりと。
まるで何かに立ち向かおうとしているかのように。
臆せず、堂々と、歩み去っていったのだった。