『ルドルフ大帝がみてる』――子羊たちの陰謀――
「ごきげんようっ!」
「ごきげんようっ!」
ここは帝都オーディン。
新無憂宮の大廊下を、足早に行きかう貴族や貴婦人方の、挨拶の声もせわしない。
普段は悠揚迫らず、扇をかざして優美に足を運ぶ貴紳たちの、いつにない様子は他でもない、大事件が突発したからで――つまり、皇帝崩御。
銀河帝国ゴールデンバウム王朝、第36代皇帝・フリードリヒ四世が急死した。
「ええっ!」
「へ、陛下が!?」
大騒ぎする紳士淑女たちの様子を見ていると、とっても大層なことに思えるかもしれないけれど。――実は必ずしもそうでもなかったりする。
それはむろん、貴族や役人たちは表向きは、まじめそうな顔して「永遠不滅の帝国」とか、「神聖不可侵の皇帝陛下」とか口にするものである。
そう、きまじめにとれば、皇帝崩御は銀河中にこれ以上はないくらいの一大事のはずなのだ。
でも、その貴族も役人も、自分たちの拠って立つ〈帝国〉についてはともかく、皇帝が神聖だとか不可侵だとかは、――内心では誰ひとり、まったく信じてなどいないのだった、実は。
だから、口では皇帝陛下崩御を言葉を尽くして哀悼の意を表してみせる、上品な貴族たちも。ちょっと陰に回ると、
「……やっと死んだか」
「……お年でしたもの」
「……いや、何でも……伯爵が密かにお薬を……」
などと平然とささやき交わす。
それが帝国五百年、36代の〈万世一系〉の実態。
じっさい、皇帝が死んだとて、せいぜい葬式をつかさどる役人たちと〈新無憂宮かわら版〉の発行人たちが忙しくなるだけのこと。――むろん、特定の権力にくっつきすぎたがために、急激な没落を免れない新興成り上がりの連中が、多少の大騒ぎをするのだけど、それも後世の歴史家から見ればほんの些細なことに過ぎなかったりするのだった。
そして門閥貴族たちはむしろうきうきとして、大葬の礼という一大社交場で、いかに自分を他人よりも派手に見せるか、――そんなことに夢中になるのがいつもの例だった。
ところが今回はそれだけですまなかった。なぜなら――フリードリヒ四世は、後継者を定めぬままに、死んだから。
つまり後継者争いは目に見えていた。
――ふだんは騒ぎなど許されぬはずの殿中。
音たててせわしなく行きかう人々を、大廊下に掲げられたルドルフ大帝の肖像画が、じっと黙って、いかめしく見下ろしていた。