無題

ごきげんよう
ごきげんよう
行き交う女人たちの声が、昼間でも薄暗い御廊下にくぐもって響くこの場所は、江戸大城の奥御殿、すなわち世に言う〈大奥〉にござります。
――思えば大奥とは、女人たちの運命の坩堝でございました。
大奥には、女人たちの運命を、思いもよらぬ方向に大きく変えてしまう、不思議な魅力のようなものが潜んでいたように思われまする。

先ごろの御代代わりにともなって、先代さま以来の女中たちが多くお暇をいただき、御年寄など、みなみな交代なされて。
大奥をお取り締まりになる、――いわゆる〈三薔薇さま〉もまた、新しい女人の占めるところとなった、今はもう春の日のころあい。
紅葉山の東照宮、権現さまのおん木像にも、どこからか舞い込んだ桜の花びらが散り掛かって。
「……いつのまにやら暖かくなりましたのう」
「まこと、この打掛も何とはなく、重く感じられまするな」
御台さまご代参の上臈方がご挨拶を交わされる。
――すでにそんな季節でございます。