《新わらしべ長者 1000年女王》――第2話『機械宮殿の女王』

私の名は蟹名静
私のもうひとつの名前は、ロサ・カニーナプロメシューム
人は私をこう呼ぶ、――1000年女王、と。

ふだんの静は三色ラーメン堂のお姉さんで、筑波山天文台の臨時職員。
でも今日の静は、1000年女王として、関東平野深地下の機械宮殿にいた。
女王の冠に威儀を正して、静は正面のスクリーンを見つめている。

通信士官が、指令席仕様の玉座に座る静を呼んだ。
「女王、ロサメタル本星から通信が入っております」
「クラスは?」
「第一級です」
とすれば、あの方だ。
「みな、さがりなさい」
静が声を掛けると、司令室にいた司官や側近たちが立ち上がって一礼し、部屋を出て行く。
機械音だけが響く部屋の中で、ひとりになった静は指令席から立ち上がると、その場にひざを折って跪いた。
どこからともなく軽やかな鈴の音が三度響く。お出ましの合図だ。
――白い花びらが一枚、静の目の前に散った。
一枚、また一枚。
淡い光を帯びた花びらが、みるみるうちに目の前で渦を巻き、群れ集い、目の前の空中に人の形を作っていく。
(……ああ、いい香り)
ロサメタルの香りよ。
遊星ロサメタルが1000年に一度の、短い春を迎えるそのときにだけ薫り立つ。
星の表面を埋め尽くす、鮮やかにも白き花びら、――ロサ・ギガンティア
「指導者さま、おんまえに控えております」
ロサ・カニーナよ、私の姿が見えるか。1000年女王、ロサ・カニーナプロメシュームよ」
口元が笑みを刻み、肩で切りそろえた髪が軽く揺れている。
抜けるように白い顔は大理石を刻んだにも似て、美しくととのっていて。
宙に浮いて軽やかにたなびくローブに包まれた、その人に静はつい見とれて、言葉をなくしかけてしまって、
「……はい、指導者さま」
いま静の目の前にその人こそ、本星ロサメタルの永遠の統治者。
歴代1000年女王の上に立って万物を支配する指導者。
――聖女王・ロサレラさま。
「1000年女王、ロサ・カニーナプロメシュームよ、久しぶりだね」
さあ、立ちなさいと言うのに、静ははい、と立ち上がって、
でも深く頭を垂れながら、
「指導者さま、聖女王さま、お久しぶりです」
久しぶりといっても、通常の久しぶりではない。
1000年ぶりだ。
地球にいると、とてつもなく長い1000年。
けれどロサメタルではほんの一瞬。
「あなたの魅力に1000年もの間、触れることが出来なかったなんて、自分でも信じられないくらいよ、ロサ・カニーナ
聖さま
静はつい、親しいものにのみ許された、聖女王ロサレラの通称を口にしてしまったのだけど。
聖女王は楽しそうにからからと笑って、
「おや、その呼び方をまだ覚えていてくれたようね」
「むろん、忘れなどいたしませんわ」
たとえ、――たとえあなたがお忘れになっても。
「ひょっとして、……髪が短くなってない?」
「……はい、聖さま
「でしょう」
それにはお目をとめてくださったのね。
(でも)
1000年前、お別れする間際のあなたに似せたのだとまでは、お気づき下さらない。
聖さま
ロサ・カニーナプロメシュームよ」
「はい」
「1000年に一度の春が来た」
「はい」
「あなたは新しい女王と交代しなければいけない」
「承知しております」
1000年にひとり、ロサメタルから派遣され、任期が過ぎればまたロサメタルへと帰っていく。
そうやって歴代1000年女王は、地球を影から治めてきた。
(もっとも)
例外がないわけではないけれど。
「交代するのね、ロサ・カニーナ?」
「……」
静は即答をためらった。
「しないの?」
聖さまは小首をかしげた。そして、
「しないというなら、決闘をしなければならないことになるよ」
交代を拒否する1000年女王は、新しい女王と決闘して、勝たなければその地位に残ることは出来ない。
――たいていの1000年女王は、そんな面倒なことはしないで、後継者に玉座を譲る。
そして、おとなしくロサメタル星に帰るのだけれど。
「――まあ、いいわ」
聖女王さまはあっさりと追及をやめてしまって。
「そのあたりは、こんど会ったときにでもゆっくりと話し合うことにしよう」
(?)
奇妙なことをおっしゃる。
こんど直にお目にかかることができるのは、静がロサメタルにおとなしく帰還するとすれば、そのときになるはずなのだが。
まさか聖さまが、ご自身で地球においでになるわけでもないだろうし。
「行くよ」
「え?」
思わず静は聞き返した。
「1000年に一度のこの春に、私は地球へ行くよ」
聖女王さまが地球へ?
いったい何をしに?
「私が少し出かけるくらいのことで、そんなに不審がる必要があるの、ロサ・カニーナ?」
聖さまはさらりと言う。
「指導者さまがロサメタルを出て、他の星にお出ましになるなど、聞いたこともございませんわ」
「餞別」
「何とおっしゃいました?」
「やがて地球を離れるあなたに、餞別を」
「私に離任の餞別をくださるために地球へ?」
「うん」
明らかな諧謔、いわばからかわれているのを、あえてそれ以上は追求せず、
「畏れ多いことですわ」
静は頭を下げた。
(ロサメタルが、何かをたくらんでいる)
聖さまの姿が、すっと静に近づいてきて、
「……あ」
白い幻影は、そっと静の傍らを通り過ぎて、消えていった。
静の頬に、ほのかにやわらかい感触を残して。
「早く帰っておいで、ロサ・カニーナ
白い花びらは薄れ、薫りも四散して、いつのまにか消えて、もうない。
(お帰りになったのか)
静は玉座に戻った。
(……ぐずぐずはしていられない)
「誰かおらぬか!」
静の声に、応じて現れたのは大きなパンダの着ぐるみを着た、特殊工作要員だ。
「お呼びですか、女王」
「例の計画を急がなくては。小笠原博士へのつては大丈夫ね?」
「お任せください。――しかし女王ご自身は」
静は答えずに手を振り、パンダが一礼して姿を消すと、
「だが、……設計図ばかりは、むしろあの子、祐巳のほうが確立が高いはず」
つぶやいて静は、着替えて地上に戻ることにしたのだった。