武士はサラリーマンか?

武士は〈禄〉=領地をもらって、その代わりに主君に忠義を尽くす。いわゆる〈御恩−奉公〉の関係です。本来は具体的に土地をもらって人民を支配するこの関係は、しかし江戸中期以降のほとんどの武士の場合、幕府や藩などの所属組織を通じて金銭や現物の支給だけを受け取るという形態に変化します。それゆえに〈武士のサラリーマン化〉ということがよく言われるのですが、実はこのような一見サラリーマンに似て見える武士には、給与生活者と決定的に異なる点が二つあります。

第一に、彼らはまず〈禄〉をもらって、その〈事後〉に働く存在です。そして一回もらった〈禄〉は原則そのまま。つまり働かずとも収入があるということになります。実際、幕府の旗本・御家人では、役付きでない〈非役〉というのはいくらでもいました。そんなサラリーマンはありえないでしょう。そもそも給料は世襲できませんが〈禄〉とは世襲可能なものです。それは〈禄〉が、一定の働きに対してその都度支払われるサラリーではなく、最初の時点で一回こっきりの分与ではあるけれども、剰余を生む一定資産、それ自体を本体とする性質のものだからです。会社に勤めるというのは会社の利益=剰余を分けてもらうということであって、会社の資産そのものを分割してもらうわけではない。しかし幕府や藩から俸禄をもらうというのは、幕府や藩の資産自体を分けてもらうということなのです。

第二に、〈禄〉のこうした性質ゆえに、老中・若年寄や各奉行といった幕府の役職は、八代将軍・吉宗が足高の制を定めるまで役職手当なし、原則無給でした。役を務めることが非戦時における軍役の代替として、禄をもらう者の義務だったからです。そして当然それは、よく働いたら給料が増える、という仕組みにはなっていません。